君は誰への責任を取る?:『君と彼女と彼女の恋。』感想

先日、ニトロプラスの『君と彼女と彼女の恋。』をクリアしました。
※以下、重大なネタバレを含みます。

 

  『君と彼女と彼女の恋。』は、2013年にニトロプラスより発売されたアダルトゲームである。自らを「モブ中のモブ」と称し、冴えない男として描かれる主人公・須々木心一と、完全無欠の美少女でありクラスのマドンナである曽根美雪、そして他者には理解しがたい言動を繰り返し、クラスで浮いた存在となっている「電波系」向日アオイの3人が繰り広げる恋愛模様を描いた作品だ。

 このようにあらすじを述べると、「よくある恋愛ゲーム」のような印象を受ける。だが、この作品の本質はそこではない。
 ヒロインのひとりの美雪が、血まみれのバットを持って笑顔で佇むスチルを見たことがある人は多いかもしれない。病んだ瞳を見開いて、画面の向こうの「君」に話しかける姿を、見たことがあるかもしれない。
 本作に登場するヒロインは、自らがゲームのヒロインであることを知っている。このセカイがつくりもので、主人公の心一の向こうには「君」=プレイヤーであるわたしが存在していることを知っている。

〇彼女と彼女

 本ゲームの1周目は、いわゆる「美雪ルート」から始まる。
 ウィリアム・シェイクスピアの「人生は選択の連続である」ということばを引きながら、フランツ・リストの『愛の夢第三番』を聴きつつ、心一は「まだわからない未来」へ向けて、階段を昇っていく。
 今ではすっかり疎遠となった幼馴染の美雪とは互いに好意を抱いているものの、決定的なアクションを起こして関係性が破綻してしまうリスクを恐れている。このため、はじめは「美雪ルート」に入ることができない。互いの恋愛感情が、どうあっても表出しないからだ。
 そこで、「このセカイはゲームであり、主人公である心一とメインヒロインである美雪の恋を成就させるために存在している」「美雪の恋が成立するよう、『カミサマ』に依頼してセカイをアップデートする」と主張するアオイの行動により、セカイは奇妙にアップデートされることになる。
 そのセカイでは、美雪ははっきりと心一への好意をあらわにして、心一もまた(プレイヤーが適切な選択肢を取ったならば)美雪への好意を伝えることになる。こうしてふたりは結ばれ、永遠の愛を誓った恋人同士にはハッピーエンドが訪れる。

 エンドロールが流れたあと、プレイヤーであるわたしは2周目を開始する。それはもうひとりのヒロインである向日アオイを「攻略」することが目的であり、なんら違和感のない営みだ。これまでプレイしてきた美少女ゲームと同じように、周回を重ねて作品の全貌を暴くことを望んだ。
 アオイに寄り添うような選択肢を選べば、すぐに「アオイルート」の気配は色濃くなる。「美雪ルート」では存在しなかったイベントが、アオイの感情が、心一と「君」の知るところになる。そうしてアオイと結ばれたかと思いきや、美雪の無慈悲な一打によってアオイと心一の生命はあっけなく絶たれてしまう。
 美雪は永遠の愛を誓った恋人の裏切りを決して許さなかった。アオイルートのなかで、美雪は何度も心一(そして「君」)に警告を繰り返していた。このルートでは、美雪に永遠の愛を誓ってはいないはずなのに。
 やがて心一は、美雪がアップデートしたセカイ(=ゲーム)に囚われることとなる。アオイの存在が抹消され、美雪との日常を繰り返すだけのセカイでは、セーブやロードを行うことはできない。
 それでも元のセカイに戻ることを望むのであれば、美雪かアオイのいずれかを選ばなければならない。選ばれなかった方は、最初からいなかったことになる。
 これは、「君」が選ばなければならないことだとカミサマはささやく。

〇最後の選択がほんとうに問うもの

 曽根美雪というキャラクターは唯一無二だ。ありふれた黒髪ロングの外見で、今は疎遠な幼馴染というこれまたありふれた設定でありながら、彼女の好きな食べ物や嫌いな食べ物、好む香り、ある行動にまつわる思想など、細かなパラメータはソフトウェアごとに設定されている。その数は実に3の30乗にものぼり、プレイヤーが画面を通して相対した美雪は他の誰も知らない性格をした美雪である可能性が非常に高い。
 彼女はこの事実を、ゲームのなかで「君」に語りかける。唯一の、たったひとりの私を愛してほしいと願う。心一を通した「君」が永遠の愛を裏切り、アオイとも結ばれようとしたことに対して激昂し、凶行に走るほどに一途だ。
 一方で、向日アオイというキャラクターは偶像だ。「あらゆる美少女ゲームのヒロインのイデアが、このゲームに最適化されたアバターとして存在しているものがアオイ」と語る彼女は、心一を通した「君」の選択肢によって次第に感情を覚えはじめ、普遍的な存在から独自の存在へと変化しはじめる。「美雪ルート」の補助のために存在しているはずの彼女が、恋を知ってしまう。プログラムに発生したバグは、やがて美雪の凶行という重大なエラーを引き起こす。

 『君と彼女と彼女の恋。』の最後の場面で、「君」--わたしは、ふたりのどちらかを選べと迫られる。ただ、そこで問われているのは「どちらを愛しているか」「どちらと結ばれたいか」ということではなく、「どちらに対する責任を全うするか」であるように感じられてならなかった。
 これは、美雪の愛の対象がややぶれているように感じたことに起因する。美雪は心一を愛し、心一と永遠の愛を誓ったことを心から喜び、心一に裏切りの選択をさせたわたしを糾弾する。ここまではよかった。
 けれど、美雪は画面の向こうのわたしを愛しているような素振りも見せはじめ、やがては心一を通さずに直接わたしと性的関係を結ぶことを望んだ。わたしが女性であるから、美雪が望む行為に至ることはできず、心の芯がすっと醒めていく。
 このときわたしは、美雪が愛しているのは心一なのか、それともわたしなのかがわからなくなった。最後の選択で美雪を選んだとしても、美雪が結ばれる相手は心一でしかなく、わたしではない。わたしはいずれモニターの前から去り、彼女と同じ時間を過ごすことはなくなる。

 このことから、最後の問いはわたしにとって「どちらを愛するか」ではなく、「どちらに対する責任を取るか」というものに変貌した。「永遠の愛を誓ったのにもかかわらず、別の女性と性的な関係を結んだ裏切りの責任を取り、美雪を選ぶ」のか、「本来ならば知るはずではなかった感情を教えて恋心を芽生えさせてしまった責任を取り、アオイを選ぶ」のか。

 わたしは、美雪を選んだ。

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 わたしの選択により、タイトルは『君と彼女の恋。』に変貌した。だが、これは「わたしと美雪の恋」ではなく、「心一と美雪の恋」だと思う。アオイは消え、美雪の凶行もなかったことになった。美雪の愛の対象に疑問を抱き、わたしに向けられた愛に応えられなかったわたしが取るべき選択はこうだったのだろう。

 とはいえ、アオイを選んだほうがよかったのかな。それでも、知るはずのなかった恋を知ってしまった彼女が結ばれるべきなのは心一なのか、という問いは残る。選択肢を取ったのはわたしなのだから。
 最後の選択を行いゲームが終結してもなお、わたしの逡巡は尽きなかった。思い切ってチートコードを入力しゲームを崩壊させてみたりもしたけれど、答えは出ない。
 わたしはなにを問われ、なにを選んだのだろう。

〇その他の雑感

 稀有なメタフィクション作品として、有意義な体験をさせてもらった。どのような作品であるかは大体知ってはいたけれど、性描写を忌避して長年プレイはしていなかった。実際に触れてみると、聞き及んでいた印象とは随分異なった。プレイするまでは、「主人公に好意を寄せてくる2人のヒロインを両方攻略しようとすると制裁に遭い、プレイヤーが糾弾される」程度の認識しかなかったため、唯一性や普遍性に想いを馳せることになるとは思わなかった。
 美雪からの10の質問にはそこまで苦労はしなかった。わたしの美雪はピザが好きで、豚の角煮が嫌いで、体重を聞かれたらバットの素振りをはじめる女の子でした。彼女は、出会ったのがわたしでよかったのかな。