遺志を継ぐ:『EVE rebirth terror』感想

 先日、『EVE rebirth terror』をクリアしました。
 ※以下、重大なネタバレを含みます。

 『EVE rebirth terror』は、『EVE』シリーズの最新作として発売された作品である。『EVE』シリーズは他にも数多く存在するらしいが、この『EVE rebirth terror』は初代である『EVE burst error』から1年後という舞台設定になっており、直系の続編といえる。
 初代の作品から約24年の時を経て発売されたにもかかわらず非常に質が良く、正統派続編として存在感を放っているという噂を耳にし、プレイした。結果、噂に違わぬ傑作だった。

 わたしは菅野ひろゆき氏がたくさんの人に愛されるクリエイターであることを知っているが、それをリアルタイムに経験したわけではない。『YU-NO』はリメイク版でプレイしたし、『バーストエラー』も同様である。それでも、この『リバーステラー』の端々から感じる『バーストエラー』への敬意は、菅野氏が愛されていたことのなによりの証明であるように感じる。率直にいえば、『リバーステラー』の完成度は『バーストエラー』を超えているように思った。

〇小次郎編とまりな編、そして

 本作は『バーストエラー』同様、私立探偵の天城小次郎・1級捜査官の法条まりなの2つの視点を切り替えながら進んでいく。
 小次郎編では「失踪した教師を捜してほしい」という女子高生からの依頼が軸となっている。
 『バーストエラー』で描かれた事件のあと、相変わらず小次郎の事務所は貧乏きわまりないものであったが、『バーストエラー』からの続投キャラクターである氷室恭子を助手に迎えて、賑やかな様子を見せていた。そこに飛び込んできた行方不明者捜索の依頼は、あのエール外国人学校に通う生徒によるものだった。
 『バーストエラー』で散々探索を行った外国人学校をふたたび探し回るうちに、失踪した教師・美ノ神みなとは意図的に自己の痕跡を消しており、人物像を掴ませないようにふるまっていたことがわかる。だが、依頼者である少女・音無橘花は一歩も引かない。橘花の頑固さに押し切られるかたちになりながら、小次郎は美ノ神みなとの捜索を進めていく。
 一方、まりな編では「教授の変死体の謎を解いてほしい」という任務が軸となっている。
 『バーストエラー』で大切な人を喪ってしまったまりなは、失意のまま大人しい任務に従事しながら時を過ごしていた。そこに本部長からの呼び出しを受け、自殺とも事故死とも他殺ともとれない、密室内の奇妙な死体の謎を追うことになる。現場となった食品会社はどうやらなにかを隠しており、変死体となった教授の周りにも謎がつきまとう。
 小次郎編の失踪事件とまりな編の変死事件は、やがて「ドールマンの遺産」というキーワードのもとに収束することになる。ふたりの視点を切り替えた先には第三の視点・氷室編も登場し、物語の全貌が緻密かつ丁寧に明かされていく。

 物語全体の骨子は『バーストエラー』に非常に似ている。『バーストエラー』で物語の中心となった人工的な生命、そして記憶の移植という技術を発展させた計画が本作の核心であり、それにより5人のクローン(作中では「ドール」と呼称される)が生み出される。この研究が「Nシステム」や「Lose One」という「ドールマンの遺産」だ。
 この設定が非常に巧い。『バーストエラー』でわずかに触れられた要素、拾いきれなかった伏線を用いて骨組みを作り、そこに新たな肉付けを施すような方法で物語がかたちづくられている。たとえば、「ドールマン」という人物は『バーストエラー』にも名前は登場しており、マッドサイエンティストめいた研究を繰り返していたことが語られている。また、『バーストエラー』で氷室恭子が追っていた公金横領疑惑の結末が語られずじまいだったことを利用して、本作で行われていた研究の資金だったのだ、と語る。前作の要素の拾い方、キャラクターの組み込み方が非常に丁寧でよかった。

 いくつもの視点を切り替えて進めた先には、統合視点であるversus terror編とrebirth terror編が用意されている。前者が物語のクライマックスを、後者がエピローグを担っているのだが、これもとてもよかった。
 versus terror編では、ドールマンの遺産である「Lose One」=感染させるだけで他人を意のままに操ることができるナノマシンのようなものをめぐり、敵陣営との激しい争いが繰り広げられる。小次郎とまりなの共闘が見られたのはうれしかったし、互いを信頼して別行動をするのもとてもよかった。
 詳細な記述は省くが、最終的には「Lose One」による自死命令により、皆が窮地に立たされることとなる。「Lose One」は昆虫の社会をベースに、女王アリと働きアリの関係を参考にして造られているため、まるで女王の命令は絶対と言わんばかりに、感染者のからだは本人の意思に反して心臓をとめようとしてしまう。その命令をキャンセルするには、昆虫のコロニーの代替わりのように女王が自死を選ぶしかない。
 ラスボスであるオリジナルの「女王」である少女と、対峙するクローンの少女。一瞬の隙を突いたクローンの少女が主導権を握り、自死により皆を救う道を選ぶ。
 この展開は、『バーストエラー』における御堂真弥子の犠牲を否応なしに想起させる。おそらく、意図的に重ねている部分もあるだろう。真弥子も、皆を救うために酸素ボンベを譲り、自壊していくからだを水底に沈めていった。あのせつなさを、さびしさを知っているがゆえに、どうにかしてクローンの彼女には救われてほしいとわたしは願った。

〇時を経て、すべてを救うこと

 エピローグにあたるrebirth terror編で、実はクローンの彼女は死には至っておらず、適切な処置によって一命をとりとめたことが判明する。明るい病院の中庭で、彼女は探偵と捜査官のことを追想する。そうして、クローンである彼女は友だちができたとうれしそうに語る。その「友だち」の後姿はあの御堂真弥子によく似ていて、彼女たちは気安い友だちとしてベンチで談笑する。
 この展開は、どれほどの救いであるだろう。わたしは病院の中庭のスチルを見て落涙しながら、ありがとうとかすかにつぶやく。ありがとう。友だちがいないと嘆いていた、悲劇的な運命をたどるはずだった/たどってしまった少女たちを救ってくれてありがとう、と。
 御堂真弥子、前作で「テラー」という殺人犯であった彼女は、美ノ神みやことして生まれ変わった。今度は、ただの少女としての生を全うするために。友だちができないと悩んでいた、同じ境遇の少女とともに。これこそが『rebirth terror』というタイトルが示すものであり、その巧さに唸ってしまった。滅ぼしたはずのテラーに再び脅かされる物語ではなく、テラーであった少女が、新たな少女として生まれなおす物語。
 リ・バース・テラー。
 わたしはここに、途方もない愛を感じた。『バーストエラー』で救えなかったすべてを救って、多少強引であってもハッピーエンドへと導く。それは亡き菅野氏が果たせなかったことを、愛のあるスタッフたちが果たしたように思えてならない。
 救われたのは彼女たちだけではない。『バーストエラー』で天涯孤独になってしまった弥生には(彼女はそうと知らないのだけれど)生きて元気に過ごす異母弟があらわれた。ひとを愛して深い傷を負ったまりなには、信頼できるバディとしてそばにいてくれる杏子があらわれた。『バーストエラー』で悲劇の死を遂げたロイド首相にも彼女をひたむきに思うひとがいたことがわかった。あの香川さんにさえかわいらしい一面が与えられて、いい部下を得ることになった。香川さん、一周回ってまりなのことを気に入ってるようにも思う。
 こうして、過去作だろうとなんだろうと救えるものはすべて救い、その未来に光を与えたり、過去さえもあたためてしまうという気概と愛がほんとうにすばらしかった。まぎれもなく、救いの話だった。

〇その他の雑感

 本作は非常にテンポがよい。アダルトゲームとして発売された作品ではないため一定以上の性描写がなく、それがサスペンス要素のリズムを崩さなかったのがよかった。もしこれがアダルトゲームであったら、麻世が序盤で殺されてしまうことはなかっただろうし、それによる驚きを与えられることはなかったのではないか。
 麻世がまさか殺されるとは露ほども思っていなかったし、彼女がいたずらっぽく出題した「クイズ」の答えが気になっていたので、その答え合わせを待つことなく亡くなってしまったのが本当に哀しかった。

 予想もつかない展開にうわあと驚かされたのが本当に楽しかった。特に美ノ神みなとの正体にはぎりぎりまで思い至らず、本人が登場して鳥肌が立つほどだった。思い返せば伏線は丁寧に張られており、矛盾なく破綻なく緻密にシナリオが組まれていた。これは、複数の視点を切り替えるプレイヤーは両方の視点の出来事をすべて把握していると誤認しがちなことをうまく利用していると思った。いわゆる「信頼できない語り手」に見事にひっかけられたかたちになる。すばらしかった。

 本作から登場したキャラクターのなかではヴィーネがいちばん好きだったので、途中から「もしかしてバ美肉おじさん(語弊があります)なのでは……?」と非常にいやな推理が立ち、それが的中してしまったときには慟哭した。あんなにかわいいワンピースを着て……。しかもいちばんおじさんの自我が強い子で……。

〇さいごに
 本作では、作中でも作品外でも「遺志を継ぐ」ことがクローズアップされていたように思う。
 作中では「ドールマンの遺産」を継いで発展させた研究員たち、エルディア旧情報部などの残党が集まった「ロイズ」が話を大きく動かしている。橘教授とその娘の親子関係も重要なキーとなっているし、『バーストエラー』で散っていった者たちの思いを継ぐような場面も多々存在する。
 そのようなシナリオになっているのは、やはりこの作品がつくられたことに故・菅野氏の遺したものを継ぐという強い意志があるからではないかとつい想いを馳せてしまう。無粋な言及ではあるけれど、菅野氏の作品への敬愛がこの作品の完成度を高め、ついには『バーストエラー』を『リバーステラー』の前日譚(=EVE)にさえしてしまったのではないか。
 冒頭で述べたとおり、わたしは菅野氏の活躍をリアルタイムに目にしたわけではないし、『EVE』シリーズに思い入れは深くない。それでも今作にかけられた情熱と愛情をひしひしと感じたし、プレイしたあとには感謝の気持ちでいっぱいになれた。
 みんなを救ってくれてありがとう。その思いに尽きます。